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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)3127号 判決

控訴人 関田澄子

被控訴人 日本専売公社

主文

本件控訴および控訴人が当審において拡張した請求をいずれも棄却する。

訴訟費用中当審において生じたものはすべて控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金一四三万〇、一一五円およびこれに対する本判決確定の日から右完済に至るまで年五分の割合による金員(当審における請求の趣旨の変更による。)を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴指定代理人は「本件控訴および控訴人が当審で拡張した請求をいずれも棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

一、請求原因

(一)  控訴人は肩書住所に居住し、昭和四三年一〇月三〇日から同所においてたばこ小売店を営んでいるものであるところ、控訴人が被控訴人の東京地方局長(以下、単に東京地方局長という。)から製造たばこの小売人の指定を受けるまでの経緯は次のとおりである。

(1)  控訴人は昭和四一年二月二一日東京地方局長に対したばこ小売人の指定申請をしたが、同年九月三〇日「既設小売人に近接」の理由をもつて不指定となつた。

(2)  そこで控訴人は同年一〇月一三日東京地方局長に対し、たばこ小売人指定の再申請をした。東京地方局長は控訴人の店舗予定地および附近小売人までの距離等を調査した結果、昭和四二年五月二〇日控訴人に対し、たばこ専売法三一条四号の「製造たばこの取扱の予定高が公社の定める標準に達せず」、製造たばこ販売事務取扱手続一三条一項二号の取扱予定高不足に各該当するという理由をもつて再度不指定の決定をした。

(3)  控訴人は右不指定決定に不服であつたので同月二九日被控訴人の総裁に対し行政不服審査法に基づき審査請求をしたところ、被控訴人の総裁は昭和四三年五月二一日、予定営業所附近の住宅等の状況、同所前道路の人の流れ、隣接花輪小売人等の販売実績および本件審査にかかる前掲不指定決定とその後に行われた訴外有限会社柏屋分店岡本商店(以下単に岡本商店という。)に対する指定決定との期間の経過その間における周囲の状況の変化の度合、両者の位置関係、岡本商店の販売実績等から判断してその取扱予定高は標準取扱高の一五万円を上回るものと認められるという理由をもつて東京地方局長の前記不指定決定を取消す旨の裁決をした。この裁決により控訴人は同年七月一七日たばこ小売人の指定決定を受け、同年一〇月三〇日指定書の交付を受けたものである。

(二)  他方、控訴人宅と道路を隔てて約三〇米斜め向い側にある府中市八九六四番地酒類小売店岡本商店は、控訴人が第一回目のたばこ小売人の指定申請をした後である昭和四一年八月二二日控訴人と同じくたばこ小売人の指定申請をしたが、同年一〇月三一日不指定の決定を受けた。その後、控訴人が前記のように不服審査を請求した後である昭和四二年八月二三日、右岡本商店は再度たばこ小売人の指定申請をしたところ、東京地方局長は同年一一月二二日岡本商店の右申請に対し指定決定をした。

(三)  しかしながら、岡本商店の再度のたばこ小売人指定申請に対する東京地方局長のした右指定決定は左記理由によつて違法であるといわなければならない。

すなわち、被控訴人の東京地方局長は、たばこ小売人の不指定決定に対する審査請求中に、当該審査請求人と小売たばこの供給区域を同じくする近隣者から別途にたばこ小売人の指定申請がされた場合においては、右審査請求に対する裁決があるまで後順位の指定申請に対する決定を留保する取扱いを従前からしている。このような取扱いをしているのは次のような根拠に基づくものである。そもそも、たばこ小売人の指定申請に対する不指定決定があつても、これに対し審査請求をしている間は控訴人の指定申請に対する終局判断がされたわけではないから、審査請求に対する裁決前に後順位のたばこ小売人の指定申請に対する指定決定がされ、他方、右の裁決において先の申請に対する不指定決定が取消された場合には、同一供給区域内に二人以上のたばこ小売人が出現し、あるいはごく近接して二つ以上のたばこ小売人の営業所が設置される結果となる。このように二人以上の小売人の営業所が近接し、附近の住宅、交通等の状況が同一であればそれだけ一人の小売人のたばこの取扱高は減少することは明らかである。この場合、結果的に被控訴人自らがたばこ小売人の指定の制限規定(たばこ専売法三一条一項三号四号)を犯すことになり、また指定取消(同法四三条一項五号)の原因を作り出すことになる。ことにたばこ小売人の指定申請に対する権限行政庁と審査請求に対する裁決庁が異るのであるから、この不都合の生じる可能性は大きい。したがつて、このような根拠に基づく右の留保の取扱は、たばこ小売人の指定および指定の取消規定の趣旨から当然に演繹されるべき支部局長の遵守しなければならない義務というべきである。仮りにこれが東京地方局における内部指導であつたとしても、支部局長の遵守すべき注意義務であることに変りはない。かように留保の取扱いをすべき注意義務は、例外を許さない重要な原則というべきである。仮りに、後順位者といえども将来のたばこ小売人として明白に優位な条件を具有すると認められる者については特段の事情がある場合として右留保の取扱いに対する例外が許されるとしても、かかる明白に優位な条件を有するか否かは、上級庁たる被控訴人の総裁にかかる案件と下級庁たる権限行政庁にかかる案件との比較の問題であつて、実際上は右権限行政庁では上級庁の案件の内容につき十分正確な把握ができないのみならず、上級庁でいかなる判断をするかも未知であるからその比較は困難である。したがつて右の明白なる優位の条件の存する例外にあたるか否かの判断は極めて厳格になされるべきであり、一見明白に右の優位性が下級庁で判断しうる場合にのみ限らるべきである。

ところで、たばこ専売法は「公社は、その指定した製造たばこの小売人に製造たばこを販売させることができる。公社又は小売人でなければ、製造たばこを販売してはならない。」(二九条一項、二項)と規定し、たばこ小売人に製造たばこを販売する権利を認めると同時に、「小売人となろうとする者は、営業所の位置を定め公社に申請して、営業所ごとにその指定を受けなければならない。」(三〇条一項)と規定して、国民に対し、製造たばこ小売人の指定申請をする権利を認めている。小売人となろうとする者は営業としてたばこを販売し、これによつて収益をあげることを希望し、指定小売人は収益をあげるために営業を行うものであるから、被控訴人はこれら申請人または小売人の法律上、経済上の権利を無視することは許されないというべきである。同一供給区域に二人以上の申請人があり、これらの申請人間に営業所の位置、設備、取扱予定高等に優劣のない場合、原則として先順位の申請人を優先的に指定すべきであつて、何らの合理的な理由がなく、恣意的にもしくは誤つて後順位者を優先させることは違法というべきで、後順位申請者に対する申請留保の取扱いは右のことからも是認されなければならない。さらに、審査請求に対する裁決があるまでは、指定申請の効力は持続しているから、審査請求中に後願者の指定申請に対し許可を与えることは先願者に不当な差別を与えることとなる。本件事案では、審査請求に対する裁決により不指定決定が取消される可能性が十分にあり、かつ右取消の結果控訴人の指定申請に対する指定決定がなされることになる筈であつたから、東京地方局長は同一供給範囲地域の後願者からの申請に対して慎重な取扱いをなし、前記の原則にしたがい留保の取扱いをしなければならなかつたのである。ことに、岡本商店の第一回指定申請に対しては販売見込額僅少との理由で不指定としながら、附近の環境に何らの変化もない第二回指定申請に対し指定決定をしていたが、岡本商店は当初から酒類食料品類販売業を営んでいたのであつて、右営業はそれほど重要な条件とはいえず、したがつて、後願者を優先すべき明白なる優位の条件は存在しなかつたにもかかわらず、東京地方局長が前記審査請求に対する裁決の前に岡本商店に対してなした指定決定は違法というべきである。

(四)  かように、控訴人の審査請求中に岡本商店の指定申請に対し、指定決定をしたことは、左記のような東京地方局長の過失によるものというべきであり、その結果控訴人は後記のような損害をこうむつたものである。すなわち、東京地方局において控訴人がたばこ小売人の不指定決定に対する不服申立手続の説明を受けた際に、係官は同一供給区域内から他の者がたばこ小売人の指定申請をしても、審査請求に対する裁決があるまで決定は留保される旨述べており、また控訴人の審査請求中に岡本商店にたばこ販売器の据えつけられたのを目撃した控訴人が係官に説明を求めた際にも、同係官は、後順位の指定申請に対しては右裁決前に指定決定が行われることはない旨明言した。

東京地方局長は、上級庁たる被控訴人の総裁が右審査請求に対しいかなる判断をするかを予測できないのであるから、審査請求中であるにもかかわらず同一供給範囲地域からの他の申請人の指定申請に対して指定決定をすると、審査請求に対する裁決により右不指定決定取消の裁決がなされた場合に控訴人に不測の損害を与えることは明らかである。

ことに、控訴人が小売人指定の再申請をしたときの控訴人の営業所予定地の近隣状況、とくに取扱予定高を左右すべき購売人口密度と、岡本商店が再申請をした昭和四二年八月二三日当時の事情との間には大勢的に何の変化もなく、かえつて、同年同月同日から同年一一月二三日(岡本商店に対する指定処分の日)までの間は、岡本商店の営業所予定地前の道路先は下水本管の埋設工事のため通行止となつて通行人は隣りの通称けやき通りを利用していたため右道路通行人は激減していた事清にあつた。

かように、右裁決を待たずに岡本商店に対する指定決定をしなければならない理由が全くなかつたにもかかわらず、東京地方局長は行政不服審査法の趣旨に反し、前記の後順位申請者に対する決定留保の扱いを知悉していながら、誤つて、控訴人の審査請求中であるのに、岡本商店に対するたばこ小売人の指定決定をした過失がある。したがつて、公共団体である被控訴人は、東京地方局長がその職務を行うについてなした違法な右指定決定により控訴人に生じた損害を賠償すべき義務があるといわなければならない。

(五)  控訴人の昭和四三年一〇月から昭和四五年八月までの損害は次のとおりである。すなわち、控訴人のたばこ小売人としての利益は毎月の売上定価より仕入原価を差引いた金額であり、右期間の各月の売上定価、仕入原価、利益は、別表のとおりである。ところで、前記のように控訴人と岡本商店とは同一供給区域内に店舗を設けてたばこ小売店を経営しており、右期間を通じて岡本商店のたばこ小売人としての利益は控訴人のそれを若干上回つてきた。これは岡本商店が従来から酒類小売業を経営し、たばこ小売店の営業開始当初よりすでに一定の顧客層があつたことおよび控訴人の営業所より早く自動販売機を設置したこと等に起因する。しかしながらこれら岡本商店の売上げに有利な要素がなかつたとしても、同店の売上高は控訴人と同等ないしそれ以上であつたと考えられる。したがつて、仮りに、控訴人のみがたばこ小売人の指定を受けて営業したとすれば、右期間中の売上による利益の二倍の利益を得たであろうことは容易に推測できるところである。よつて、右期間中の控訴人の損害は合計金三二万三、〇七五円となる。

控訴人の昭和四五年九月から昭和五三年八月までの損害は次のとおりである。すなわち、控訴人と岡本商店がたばこ小売人として営業を継続する限り控訴人の収入減は永久に続くとも考えられるが、少くとも昭和四五年九月以降八年間現実に収入減が予想される。控訴人の昭和四四年九月から昭和四五年八月までの一年間現実に得た利益の各月平均は金一万三、九九九円(円位未満切捨)であるから、これを算定の基礎とし今後八年間の損害をホフマン式計算方法により算出すると、13,999円×12×6.59 = 1,107,040円となる。したがつて、右期間中の控訴人の損害は金一一〇万七、〇四〇円となり、控訴人に生じた全損害は金一四三万〇、一一五円となる。

よつて、控訴人は被控訴人に対し右金額およびこれに対する本判決確定の日から右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。(控訴人は原審において金一〇万八、五六〇円およびこれに対する昭和四四年六月五日以降完済まで年五分の割合による金員の支払を求めたが、当審において右のとおり請求を拡張変更したものである。)

二、請求原因に対する答弁

(一)  請求原因(一)(二)の事実は全部認める。

(二)  請求原因(三)のうち東京地方局において、たばこ小売人の指定申請に対し不指定決定があり、これに対する審査請求がされた場合、その請求人と同一供給区域内の近隣者から別途たばこ小売人の指定申請がされたときには、右審査請求に対する裁決のあるまで指定申請に対する決定を留保する取扱いをしていることは認めるが、その余の主張は争う。このような取扱いをしているのは、上級庁である本社の審査裁決による不指定決定の取消と新たな申請についてその権限行政庁である地方局長の指定決定とによつて、同一地域に二人以上の指定たばこ小売人が出現したり、あるいはごく近接して二つ以上のたばこ小売人の営業所が設置される結果となることなどを防止し、よつて、専売事業の運営に支障をきたすことを防ぐ趣旨に出たものである。

したがつて、新申請に対する決定を保留する取扱いにしているのは審査請求人に何らかの権利を保障する趣旨ではなく、もとより審査請求人の営業上の利益までも保障したものではない。

(三)  控訴人はたばこ小売人の指定申請に先願権がある旨主張するけれども、たばこ専売法が先願主義をとつていないことは次に述べるとおりである。すなわち、同法二条は「製造たばこの販売の権能は国に専属する」旨規定し、同法三条は「国に専属する権能は、日本専売公社法の定めるところにより、日本専売公社に行わせる」旨規定し、さらに、同法二九条は、「公社は、その指定した製造たばこの小売人に製造たばこを販売させることができる」としている。これによると、たばこの販売権能はすべて公社が独占的に保有し、販売機関として小売人を指定できることとしているのである。このように、国がたばこ等について専売制を施行する所以は、国の財政上の重要な収入を図ることを主たる目的とするものであるが、同時に、公衆のすべてに均等に利用し得る機会を与え、安んじてこれを比較的簡便に購入しうることとし、もつて一般国民の日常生活における必要に応ずることを目的としているためである(最高裁昭和三九年七月一五日大法廷判決、刑集一八巻六号三八六頁)。したがつて、たばこ小売人を指定する場合においても、以上の公共目的にもとづいてされるべきである。

右の目的のため、同法は三〇条および三一条において、営業所の位置、設備の構造、資金状態その他の事項を考慮することとし、さらに、小売人に指定された後においては、営業開始の義務(四三条一項五号)、定価販売義務(三四条三項)その他諸種の義務を課し、また、公社の厳重な監督に服せしめている。以上のとおり、たばこ小売人の指定は、たばこ専売法等の意図する公共目的のために行われるものであつて、小売人の製造たばこの販売によつて得る収益を保障することを目的とするものではない。このような専売事業の特質から当然のこととして、同法には先願者に優先権を認める規定は存しないのである。

したがつて、たばこ小売人の指定申請につき控訴人が優先権を有することを前提とする主張は理由がないというベきである。

(四)  請求原因(四)(五)の主張は争う。たばこ小売人の利益が毎月の売上定価より仕入原価を差引いた金額であることは否認する。仮に、たばこ小売人の収入を利益と解しても、たばこ小売人の収入は被控訴人の公示「割引歩合率」によつて計算した額である。また「仕入原価」なるものは存在しない。訴外岡本商店の売上高が控訴人のそれを若干上回つていることは認めるがその理由は知らない。たばこ小売人の指定は前記のように被指定者の営業上の利益を保障するためにするのではないから、たばこ小売人の指定に因つて営業上の損害が生じたことを前提として被控訴人に損害の賠償を求める控訴人の請求は全く理由がない。

三、証拠関係〈省略〉

理由

一、請求原因(一)(二)の事実は当事者間に争いがない。ところで岡本商店から再度なされた指定申請に対する東京地方局長の昭和四二年一一月二二日付指定決定は、近傍地の発展を考慮し、申請者岡本商店の業種(酒類、食料品等販売業)からみて、顧客も多く販売見込数量を期待できるものと認めてなされたものであることは、本件弁論の全趣旨によつて窺うことができる。

二、そこで、進んで東京地方局長が岡本商店の右指定申請につき昭和四二年一一月二二日付でなした指定決定が違法であるか否かについて判断する。

(1)  たばこ専売法二条は、製造たばこ等の販売等の権能が「国に専属する。」と規定し、同法三条は、国に専属する右権能等は日本専売公社(以下「公社」という。)に行わせるものと定め、同法二九条は「公社は、その指定した製造たばこの小売人に製造たばこを販売させることができる。」(同条一項)ものとし、「公社又は小売人でなければ、製造たばこを販売してはならない。」(同条二項)旨規定し、同法三四条は「公社は、大蔵大臣の認可を受け、製造たばこの小売定価を定めて公告する。」(同条一項)ものとし、「小売人は、第一項の小売定価によらなければ、製造たばこを販売してはならない。」(同条二項)と定めている。

かように、国がたばこについて専売制を採用する所以のものは、国の財政上の見地から国の重要な収入の確保を図ることを主たる目的とするにあることは疑いのないところであるが、それに加えてたばこ専売制を採用することによつて、公衆が日常生活上たばこを利用しようとする場合に、僻地たると都会地たるとを問わず同一品質のたばこを同一価格により販売することによつて、公衆の広い需要を均等にみたす機会を与え、比較的簡便かつ容易にたばこを購入できるものとし、以て公衆の日常生活の利便を図ろうとしていることは明らかである。

たばこ専売法において、たばこ小売人の指定に関し、小売人となろうとする者が指定を受けるためには、営業所の位置、設備の構造、資金状態その他の所定事項を記載した申請書を公社に提出して指定の申請をなさしめることとしている(同法三〇条、三一条)のも前掲の目的をはかる趣旨に出たものに他ならないのであつて、たばこ小売人の指定にあたり小売人が製造たばこの販売によつて得る収益を確保又は保障することを目的とするものではないといわなければならない。

(2)  控訴人は、近隣する二人以上の申請人から小売人指定申請があつた場合に営業所の位置、設備、取扱予定高等に優劣のないときは先順位の申請人すなわち先願者を優先的に指定しなければならない旨主張する。

しかしながら、たばこ専売制のもとにおけるたばこ小売人の指定決定については、一般の営業許可の申請において先願主義が妥当する場合とは必ずしも同一に論ずることはできないものといわなければならない。

すなわち、先願主義を認めるか否かは、当該許可処分の性質によるものというべきところ、およそ国民の営業の自由の制約は必要最小限度にとどめるべきものであるから、一般には許可基準が一義的に明確であつて、所管行政庁の専門的技術的見地からする裁量をさしはさむ余地が極めて少ないような場合には、所定の許可基準に適合するかぎり先願者に許可を与えることが公平であると考えられるが、さきに見たとおり、たばこ専売制は国の財政的見地からその重要な収入の確保を図ることが主たる目的とされ、かかる目的から、製造たばこの販売の権能を国に専属せしめ、国はその権能を日本専売公社に行わせ、右公社から指定を受けた小売人に製造たばこの販売をさせることができるものとされているのであつて、たばこ小売人の営業収益の確保又は保障を目的とするものではないから、他の営業の許可処分の場合と異なり、たばこ専売制に基づく製造たばこ小売人の指定については前記制度の目的に照らし、先願主義(先願者の権利としての)が妥当しないものというべく、さればこそたばこ専売法には、製造たばこの小売人となろうとする者の公社に対する指定の申請および指定の制限等についての規定は設けられているが、先願主義を採用した規定は全く存しない。もつとも、各成立に争いのない乙第一号証、同第六号証によると、たばこ小売人指定関係規程(昭和四二年九月三〇日総裁達(促)六八号。以下「規程」という。)五条二項には、支部局長は、二以上の申請が競合する場合は予定営業所の位置、その他の条件を比較し、優るものを小売人に指定するものとするとされていることが認められるが、右は上記条件を比較して支部局長において優ると判断するものを小売人に指定する趣旨であると解するのが相当であるから、これをもつてたばこ小売人の指定において先願主義が採用されている根拠とすることはできない。

したがつて、たばこ小売人の指定申請において先願者を優先的に指定しなければならない旨の控訴人の主張は採用することができない。

(3)  控訴人は、小売人の指定申請に対し不指定決定がなされ、これに対する審査請求がなされている場合に、同一供給範囲地域内の近隣者から別の小売人の指定申請がなされたときは、右審査請求の裁決がなされるまで後の指定申請に対する指定決定は留保しなければならず、留保の取扱いをしないでなした指定決定は違法である旨主張する。

よつて按ずるに、たしかに、たばこ小売人の指定申請をした者が不指定決定を受けても、審査請求による裁決の結果右不指定決定が取消されることがないとはいえない。したがつて、裁決前に同一供給範囲地域の別の小売人からの指定申請に対して指定決定をすると、後に裁決で前記不指定決定が取消され、その者に指定決定がなされた場合に、たばこ専売法の指定制限事由、ことに前記規程五条に定める距離基準又は取扱予定高等との関係で複雑な関係が生じ得ることは否定できないことを考慮すれば、右裁決がなされるまでの間は前記のごとき指定決定をすることは、なるべく留保する等の慎重な配慮をすることが望ましいところであり、東京地方局において留保の取扱いの内部的指導がなされていることは被控訴人も認めるところである。

しかしながら、前記規程の内容を検討すると、距離基準に関する制限についても例外があり(五条一項二号但書)、かつ、支部局長において製造たばこの販売上特に必要があると認めたときは、小売人の環境区分別標準距離による制限にかかわらず、小売人の指定をすることができる(同条四項)とされているほか、取扱予定高に関する制限についても、結局は需要者の利便および需要量等の状況に対応して策定されるもの(四条参照)であつて、いずれも必ずしも絶対的、固定的なものであるとはいえないことが認められる。

そうであるとすれば(裁決があるまでの間はなるべく留保の取扱いをすることが慎重な取扱いとして望ましいとしても、本件については岡本商店に対する指定決定がなされたことによつて控訴人に対する不指定決定の取消および控訴人の指定申請に対する指定決定が不可能となつたわけではなく、かえつて、審査請求による裁決によつて右不指定決定が取消され、控訴人の指定申請に対する指定決定がなされたことは、控訴人において自認するところである。)、裁決前に他の小売人の指定決定をすることを禁止する規定の存しない以上、裁決があるまで留保の取扱いをしないで岡本商店に対する指定決定をしたことが違法であるとする控訴人の右主張も採用することができない。

その他東京地方局長がした昭和四二年一一月二二日付の岡本商店に対する指定決定に違法が存することを認めるに足りる証拠は存しない。

三、してみると、東京地方局長が岡本商店の小売人指定申請に対して昭和四二年一一月二一日付をもつてなした指定決定が違法であることを前提として、被控訴人に対し損害の賠償を求める控訴人の本訴請求(当審における拡張にかかるものを含む。)は、その余の点について判断をするまでもなく理由がないものといわなければならない。

四、よつて、控訴人の請求を棄却した原判決は正当であるから本件控訴は理由がないものというべく、したがつて本件控訴および控訴人が当審において拡張した請求をいずれも棄却することとし、当審において生じた訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 古山宏 青山達 小谷卓男)

別表〈省略〉

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